田渕久美子さんについて

女の道は一本道篤姫 オリジナルサウンドトラック
篤姫の脚本を書いた田渕久美子さんに聞いたお話、&最近読んだ彼女のエッセイから、心に残った部分をピックアップ☆


歴史に引きずられずに、”人間ドラマ”を書きたいと思いました。
ありがたいことに、慶喜、家定、帯刀について書いた作品はあまりない。少なくとも、視聴者に明確なイメージがある竜馬に比べたら、どうとでもできる気楽さがあったんです。

宮尾登美子さんの原作は一回読んだだけ。読み返しませんでした。もちろん、これは伝えたいと決めたところにはマーカーや付箋は貼りましたけれど。


大奥の内と外を描きたかった。それには篤姫だけでなく、外の世界を自由に行き来できる存在が必要でした。そこで表舞台で華々しく活躍する小松帯刀を登場させました。歴史上ではもちろん違っているところもたくさん。「お守りを交換するエピソード」も、私の中のフィクション。何かを見たら思い出すしかけがほしかったんです。でも大河の後、実際にお守りは作ってくれたらしく、ピンクのお守りを鹿児島の方から送ってもらいましたよ。大切にとってあります。


お守りなどもそうですが、脚本家として、”計算のない計算”が働くと嬉しい。囲碁も、互いに向き合う道具と感じて使ったしかけです。トランプでも、将棋でもよかったのでしょうけれど、囲碁がいいと感じました。


書くこと自体はあまり好きではありません。台詞はドラマを考えると浮かんでくる、できあがってくるものではありますが。実際にはかなりめんどくさいと思う作業です。
ただ、自分の作品と自分との間に距離があるのはいいことだとも思っています。書くこと自体が大好きだと、自分の世界から抜け出しづらいと思うんです。入り込みすぎない。見る人の気持ち優先。こうすると若い女性が理解できるストーリーになるんだろうな、なんて。


大河ドラマを書いてよかったな、と感じることの一つは、私が描きたかった”人の道、覚悟”といった思いがすんなりとはまる世界であること。現代ドラマでは浮いた感じがしてしまう。歴史ものはまさにそんなことに命がけの世界ですから、思いを薄めずに書ける。これがすごく魅力的だと思いました。それから、「この人は、この時代、ここにいるべき」という”枷(かせ)”の中でドラマを書くのは面白かった。

一方で、ちょっと怖いですけれど、”やられてしまう、もってかれてしまう”感覚があったのも事実。小松帯刀の台詞を書いているとき、どっと涙が溢れ出してきたことがありました。私の中では歴史上あまり表に出ることの少なかった人物の一人、小松帯刀に光を当てたい一心で、ただ台詞を書いていた。けれど、小松帯刀にそれが伝わったのでしょうか。書いてくれてありがとう、と言われ、彼が私に乗り移って喜びの涙を流していた、そんな気分になったのです。
こんなことがよくあるので、原稿を書く前には必ずお線香をあげて、手を合わせてから書いていましたね。


篤姫のヒットについては当然だと感じるところもあります。私は自分の人生をかけて書いている、それだけのことをしてる確信があって、それはヒットもするでしょうよ、という気持ちでした。それはこれまで書いてきた他のドラマにもない、書きすすめる途中でわいてきた、特別な気持ちです。


定家のイメージを崩そうと思いました。自分の嫁ぎ先が、ふるさとを裏切る選択を迫られたとき、篤姫が定家に味方する行動を自然にとらせるには、二人の間に明確な愛情が存在していることが必要でした。うつけのふりをしている定家。演じ分けられる人、目に力があって、このドラマを見ている女性の心をもつかむことのできる人。堺雅人さんしかいないと思いました。実際、彼に演じてもらって正解でした。


登場人物たちが困る場面ほど、ドラマは面白い。どんな言葉で返すか?返答に期待して視聴者はじっとひきつけられるのです。たとえば「養女にならなかったら?」と聞かれた篤姫の場面。女々しいんじゃない?と批判もありましたが、男性は女々しいもんなんです(笑)

脚本の書き方について。
頃合、感覚、計算。脚本はそれぞれの微妙なバランスで書いていきます。伝えなくてはいけないものを決めておいて、頭から書き始めます。
シナリオハンティング(シナハン)は、他の作家さんたちのようには、あまりしっかりとしませんでした。感覚を確かめに行っただけ。でも、実際に空気を吸って、景色を見て。篤姫がどこでどんなふうに生まれ育ったのか。感覚的に理解できたことはその後作品を書き進める上で重要でした。「篤姫は不幸な女性ですよ、書かないほうがいい」なんて地元の人にいわれたりもしましたけれど、シナハンしたら、奔放で伸びやかなヒロインでなくてはいけない思いを強くしました。


大河を通じて、すこし前の日本のように、大河が始まったら自然と家族がテレビの前に集まってきたくなるような、そんな日常を、見る人たちに提供したいと思いました。
描きたかったのは「愛」。家族愛、夫婦愛、師弟愛、いろいろあります。


つづく。