上司と面談


6月が過ぎたので、この時期職場では上司と部下で「今期半年の振り返りと来期以降の目標設定のための面談」というのが行われている。今日は先日実施された上司と私の面談デイでのお話。


面接に際しては、評価材料として、部下は「面談シート」なるものに今期の実績を記入して上司に提出する。それをもとに面談をし、上司が所見を加筆し局長クラスに提出する。上司と局長たちが集う評価者会議で最終的にそれぞれの評定を決める。しかし、実は面談の直前まで、私の面談シートは真っ白だった。書くことだけは誰にも負けないくらいに大好きなので、いつもなら何週間も前から相当気合入れて記入してしまうのだけれど、今回だけはなぜかなかなか埋められなかった。


理由はわかっていた。近頃私の周りの人々は転職したり、仕事を辞めたり、昇進していく友人たちや、この世に生まれてきた意味や果たすべき役割を自分なりに理解し、使命感を持って活躍していく。彼/彼女らを見ていたら、迷い始めちゃったのだ。自分はこのままでいいの?やりたいことを我慢しているんじゃないの?迷うほどに日常業務に疑問を持ち始めてしまって、面談シートに書くことは嘘偽りなんじゃないかと思い始め、ためらいためらいしているうちに時間だけが過ぎて行ってしまったのだった。結局、自分が実際にやった事実だけを簡単に書いて、上司との面談の時間を迎えた。


「じゃ、自分が書いてきたものについて説明してみて」上司に言われ、説明を始めた。


「今期の目標は、新規クライアントの掘り起こし、代理店営業の強化、Web広告の強化、女性に関する企画の立案実施としました。どの出版社でもパソコン雑誌が売れにくいとされている中、生き残るための対策としてそれぞれ重要と考えたからです.....。」


「それで?」


「競合誌を分析し、広告主や代理店へヒアリングをしました。Webに関しては実際に媒体資料を作成するメンバーに加わり、疑問点を残さず学ぶようにしました。女性企画は女性の知人やクライアントを中心にアンケートを取り分析しました。いくつか暖めていた企画は編集会議に持ち込み実現可能性を探りました。」


初めのうちは、割とスムーズに行った。でも説明しているうちにだんだん空しく、悲しくなってきてしまった。途中から涙が溢れてきてしまい、続けられなくなってしまった。


こらえていても涙は一向に収まらない。ついに泣き止むのはあきらめ、シートは脇において、自分の気持ちを正直に伝えることにした。


「最近、自分の周りに優秀な人がたくさんいて、自分はついていけてるのか、置いてきぼりにされてるんではとすごく焦っているんです。自分が成長しているのか、成果をあげているのか、進め方は正しいのか、不安で不安で仕方がないんです」


上司はしばらくだまっていた。そしてぽつりと
「不安になるのは正常なこと。むしろ自分がやっていることに疑いを持たず自信を持っている方が相当危うい」と言った。


「君は自分が周りより劣っているのではといっていたけれど、少なくとも僕はそうは思わないね。内部統制のセミナーに行き、セミナーの後で会場を出て行く人の流れに一人逆流しながら講師をつかまえ、自分が納得するまで質問攻めにしていた。普通はそこまでしないでしょ。」


見られていた。自分が担当する中堅中小企業のIT関連の企画に役立つかもしれないと上司が私の分まで参加登録してくれたセミナーだった。当日会場で私は上司を見つけられず、仕方がないので一人で受け、一人で帰ってきたつもりでいたが、そこにちゃんと上司はいたのだ。


「それに」と上司は続けた。


「君は年間で計画を立てていた人事会計の企画を、途中から新会社法日本版SOX法の波が来ているからと執筆者の会計士に確かめにいき、やっぱりそちらに情報ニーズがあると判断したら、すでに刷り終えていた企画書をあっさり捨てた。執筆者にテーマ変更を依頼し、企画書を作り直した。君はちょっとした変更のつもりだったかもしれないし、大きな変化はないように思っているかもしれないけれど、少なからずクライアントは納得して出稿したんじゃないかな」


意外なところで評価を得ていた。


「君が自分がやっていることに不安だと思うこと、仕事について迷い、考え、涙を流せるということ、それは決して悪いことじゃない」


「ただし、」と上司は続けた。


「評価者会議はこの面談シートが全てだから。書かれてない事は評価できない。君が今口頭で言ったこと、僕が見たことの中だけでもこのシートに書かれてないことが相当ある。まだきっとほかにもあるんじゃないかな。書き直す、書き直さないは君の自由だけど、今のままではせっかくやっているのに評価されない惜しいシートになっていると思う」



「もう少し続けてごらん。僕は少なくとも君はやれるだけの素養はあると思うし、やれると思っている。組織はそんなにすぐに成長しろとは言わずに待ってられるから、焦らないでいい。ただ、それでもダメだと思ったら、君が活躍する場所はビジネスの世界じゃないところなのかもしれないけど」


それだけで十分だった。もしかしたらビジネスの世界は違うのかもしれない。でも少なくとも、今の上司のそばにいたら、なんだか見出されているような気分で生き生きと仕事ができるような気がしてきた。いつかほんとにダメだと思った時は、出版社OLの経験を小説にしたって面白そうだしね。


数日後、面談シートをメールで再提出した。大丈夫でしたか?と聞くと
「うん。あれでいい。大丈夫」上司はにっこりうなづいた。